ロス・ブレックナー《日本の鳥たち》で思ったこと

日本の鳥たち
ロス・ブレックナー《日本の鳥たち》1987 年 243×152.4cm 油彩 キャンバス

 1949年ニューヨークに生まれ、ニューヨークで活動しているロス・ブレックナー。彼のストライプを用いた作品は、ステラらのミニマル絵画のストライプのような構造をベースにしていながらも、黒白のストライプは所々ぼやけ、輝度の高い色彩が加えられ、発光しているように見える。その点では、オプ・アートのブリジット・ライリーの機械的な作品のそのストライプの連続から得られる錯視の身体的な体験を、目に見える形で最初から画面に描き込んだような作品である。ミニマルやオプ・アートの平面性を経て、それらで否定され、失われていた、絵画がつくりだすイリュージョン性を復活させた作品だといえる。

ステラ
フランク・ステラ《理性と卑俗の結合鵺》1959年 ニューヨーク近代美術館

ライリー
ブリジット・ライリー《流れ》1964年 ニューヨーク近代美術館

 ロス・ブレックナーのストライプを描いた作品のうち、《日本の鳥たち》(1987)を私が見たのは、1995年の東京国立近代美術館での「絵画、唯一なるもの」展だった。この作品は、フリーハンドで描かれたストライプにまぎれて半透明のカワセミやハチドリの様な小さな鳥が数羽描かれている。半透明の鳥はストライプの手前にいるのか奥にいるのか、そもそもブレックナー作品のストライプは、所々ぼかされたり色彩が加えられることによって、空間を遮る柵のように実体を持って見えるが、そこに鳥が描かれていると、ストライプは鳥籠のように感じられなくもない。それにしても、なぜこの作品のタイトルは「日本の鳥」なのか。

 ふとブレックナーの事を思い出し、この作品を改めて図録で見ていた頃、ちょうど2013年に京都国立博物館で開催されていた「狩野山楽・山雪」展で狩野山雪《雪汀水禽図屏風》を見て、ピタッと繋がった。左隻の波の上を飛ぶ千鳥の姿である。荒れる波や水の流れを連続する抽象パターンの曲線で表すのは、日本の古典絵画によくある(もちろん元は中国絵画に由来があるが)、日本人には馴染み深い表現だが、西欧の人にとっては新鮮に映るかもしれない。確かに波を部分だけ取り上げれば単なる抽象パターンに見える。しかしその抽象パターンに他の具象的な描写の要素(岩、波頭、千鳥、島など)が組み合わされることによって、抽象が具体的なイリュージョンの空間として立ち上がる。この《雪汀水禽図屏風》の場合、まるでライリーの作品のような抽象パターンの線の上に具体的な姿で鳥が描き重ねられている。まさにブレックナーの《日本の鳥たち》ではないか。日本をはじめとした東洋の絵画は、古来から抽象にイリュージョンを見出すことをしていたと、ブレックナーによって改めて気づかされた。
 (まぁしかし、当のブレックナーがそういう思いで「日本の鳥」とタイトルにつけたかどうかは分らないので、そこは勝手な戯言ですが。。。)


山雪
狩野山雪《雪汀水禽図屏風(左隻・部分)》17世紀前半 京都国立博物館
 

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